日高久美子 Official Web Site  

                                                                                                                                                                                                                                                                                                       

この出会いは、それまで初な心しか持っていなかった私に、修羅場をも、経験したかのような大人の女の気持ちを教えてくれた!
そして異性に・・・「おまえ」呼ばれた、初めての男性(ヒト)です。
それも初めての日に・・・。
いいえ、恨みなどある筈がありません。その男性(ヒト)は、その後の私にどれほどの自信を与えてくれたことか・・・;。
 私が俳優として初めて、映画会社に出向いた日のことです。事務所に入ると、人々の中心に居るその男性(ヒト)は、窓を背にシルエットでしか見えないのに もかかわらず、明らかに周りとは違う雰囲気を漂わせていました。少し猫背で、さりげなく机に腰掛けているのに、まだ余裕のある長い足を組んでいる姿がサマ になり、逆光で顔がはっきり見えなくても、ハンサムだということはすぐに分かりました。私は、その特別な雰囲気に吸い寄せられるように、顔が見える位置ま で近づくと、ナント・・・
あッ!
「Tさん!」
 驚きの余り思わず言ってしまった言葉を引っ込めるわけにもいかずに固まっていると、その男性(ヒト)は、ハンサムな顔をさらに私に近づけて、少し驚いたように見ていました。
私は…、
(エ〜! 怒ったのかナ・・・でも、今もし誰かが後ろから押してくれたら・・・チューできちゃうかも・・・)パニック状態の時の脳は、普段の十倍も二十倍も回転が良くなるせいか、止めども無い考えが、頭の中をかけめぐっていたのです。
その時、その男性(ヒト)の・・・せくしぃ〜・・・な唇から出てきた言葉は、意外にも・・・、
『おまえ、こんな所で何やっているんだ。』
(エッ?!・・・おまえ? こんな所で??・・・私達知り合い?
いいえ! 知り合いではありません! TVや映画で、私は知っているけど。こんな所って ? 私はどこに居ることになっているの?
 私の知らない間に、わたしが貴方に「おまえ」と呼ばれるような親しい関係になっていたってこと?! ・・・どういうこと?)
 私の脳の回転は頂点に達し、十倍どころか千倍・・・いいえ!
 一万倍になっていたはずです。その証拠に、時間にするとほんの数秒のことだと思うのですが、その時の心の状態をすべて書き表すとしたら、大学ノート数冊 埋め尽くしても足りないほどです。すると、その男性(ヒト)は私をさらに覗き込むように見て、少し急き立てるような口で・・・、
『早く、やんなきゃ。』
(…?! 何を『やれば』いいの? そ、そんなに近づいて見ないで! 口がくっついちゃうョ・・・わかった! Kissを早く『やれ』ということなのね! でもなぜ?)
 パニックになりながらも絞り出した結論は・・・。
(貴方は、今、病むに病まれぬ事情があって芝居をしているのよ! きっと、この部屋の誰かに交際を迫られて、無欠に断れないから、新顔の私を恋人に見立て、諦めさせようとしているのね!
 ・・・ということは、私に助けを求めているのね!
 Tさん! 任せて、私は女優よ!(今日からだけど・・・)
 そんなことより、その『女』が、諦めるような大人のKissをしなくっちゃ! エッ! Kiss! ド、どうしよう。こんなことなら練習しておけば良かった。

 ひぇ〜・・・。
 そんなこと考えている場合ではないのダ。Kissよ! とびきり大人のセクシーな・・・)
 今改めて、こうして書いてみると、どれほど『本気』だったのか、忘れてしまいましたが。その男性(ヒト)が次に言った言葉は、当時、私が常に持っていた心の迷いを、一言で吹き飛ばしてくれたのです。
『おまえは、女優になれよ。』
(へッ・・・。)
「Tさん、この子は今度入る新人です。」【スタッフ】
『あっそうか、ならいいんだよ、・・・;そんな制服みたいなのを着ているから、事務できたのかと・・・』
(ひぇ〜、Kissじゃあないの!)
『そんなに、口とんがらして、ふくれるなょ・・・』
(・・・これは、とびきり大人の、セクシー・・・ナノニ・・・)
 T様は、私が初めて見た!『輝いている俳優さん!』です。すれ違ったといっていいほどの時間ですが、私にとっては、特別な瞬間で、その輝きの中か ら「女優になれよ」と言っていただいたことは、神様に後押しされたのと同じくらいのインパクトでした。そしてその後の人生にどれほどの力になったことか、 計り知れません。以後は、一度もお会いしていませんが、私にとって、「輝かしい、女優スタートの日」のエピソードです。