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私が想像する映画監督のイメージは、巨匠 黒澤明。痩せていようが、太っていようが、大柄でも小柄でも、帽子にサングラスそして葉巻かたばこ、パイプ。バリエーションはいろいろ変わっても、基本はやっぱり「巨匠 黒澤明」
 京都太秦撮影所での初めての仕事は、時代劇。「お友達」になったその男性(ヒト)に、これから会う監督のことを聞いたら・・・、やっぱり!
やっぱり! 巨匠 黒澤明なのネ!
 京都の太秦撮影所での時代劇は初めてだったのですが、カレンダーや和装花嫁のモデルは、それ以前から始めていたので、かつらや衣装をつけることに抵抗はなく、撮影に入れるつもりでした・・・。
 制作室に入ると、
「よう来たな!、新人さんには、うってつけの監督だから頑張りや、紹介するからスタッフルームでお茶でも飲んでなさい。そうャ!、怒られても、泣いたらあ かんでー」と、明るく迎えてくた制作主任にホッとしながらも、その何かを含んだような言い回しが気にかかったのは、先に挨拶にいったときの床山さんや衣装 さんの言葉を思い出したからです。
「あんた、初めてやて? どんなことがあっても、途中で帰ったらあかんでー、帰ったらおしまいやからな」とかつらを合わせながら言い含めるように。そして、衣装さんでも、
「泣いたんで返された子もいたナー、恐いでー、怒ったら顔も恐いでー、ハハハ、・・・マアおきばりや」
 関西弁のせいもあるのか、話している内容よりも楽しさの方が先に立ち、その時は一緒になって笑っていました・・・。
 撮影所では、スタッフルームを主に監督の名前で仕切ってあります。≪居川組≫と書かれた部屋は、静まりかえった細長い廊下の、一番奥にありました。中央 に大きなテーブルと、入り口の脇にお茶やジュースのセットが置いてあるだけの部屋は、まだ撮影がスタートしたばかりだということが分りました。私は、誰が 入ってきてもすぐ気がつくようにと、入り口の方を向いて、テーブルの奥に座り待っていると、男の人が一人、部屋に入って来たのですが、私と目が合うと驚い た顔をして、何やらつぶやきながら、やってきた方向とは反対の方へ出て行ったのです。
(…?あれれ、この部屋は、たしか一番奥の部屋だったはず)考えていると、やっぱり、その男性(ヒト)はやって来た方へ戻って行くのが見えました。バツが悪かったのか、手のひらで顔を隠すようにして。
(奥にも部屋があると思ったのかしら?)考える間もなく、なんと!またその男性(ヒト)が、入り口の前を通り過ぎて行くのです。
(・・・変なの? この部屋は廊下の突き当たりなのに・・・)すると、やっぱりまた、そaの男性(ヒト)が、今度は顔を隠している手の指の間から、あからさまにこちらの様子をうかがいながら戻っていきました。
 存在感がある黒々とした眉毛が印象に残り、すごく落ち着いた青年なのか? メチャクチャ若く見えるおじさんなのか? どちらにも見えるその男性(ヒト)が…(あれ? スタッフの人かしら? ・・・だったら何回も通り過ぎるのはおかし いし・・・、それともコントの練習かしら?)
 その日は、春なのに、初夏を思わせる暑さで、ふと・・・(お茶を飲みに来たけど、遠慮しちゃったのかな?)と、気がついたのです。するとまたまたその人が通り過ぎたので、私は当然、折り返して来るのを予測して、入り口の影に立って待ち伏せをすることにしました。
「あの〜お茶!一緒にいかがですか? 私もちょうど飲もうと思っていたので」と、「壁」;の方から折り返して来た、その男性(ヒト)に声をかけてみると・・・、
奥に座っていると思った私が突然目の前にいるので驚いたのか、まるで幽霊でも見たような顔で・・・、『あっ・・・』しばらくして・・・、
『アッ・・・そうやな、そうするわ・・・』やっと私の提案に納得したらしく・・・。
『お嬢ちゃん、東京から来たんか?』
「 はい、・・・(お嬢ちゃん…ということは、メチャクチャ若く見えるおじさんなんだ・・・)おじさんは、ここで働いている人?」
『そうや、毎日こき使われて大変や』さっきまでとは、まるで別人のような笑顔で、ニコニコと・・・。
 私は、スタッフルームにあった、紙コップに注いだお茶一杯で、こんな飛び切りの笑顔を見せてくれる男性(ヒト)にほのぼのとした友情を感じ・・・ 、
「ここの監督さんすごく恐いんですって! 会ったことある?」
『オッ・・・オオ、知ってるョ、・・・恐いって、みんな言ってるナア、』
 話しずらいのか、少し口ごもるその様子を見て、うわさが事実だと感じた時、たぶん私は不安な表情になっていたのだと思います。
『・・・泣き虫なんか?』質問しながらも、どう言って励ましたらいいのか、戸惑っている様子で、
『・・・大丈夫じゃないか? …大丈夫だと思うよ・・・;。イヤ! 大丈夫。うん!大丈夫だよ!』大丈夫を何回も言ってくれたかと思うと。
『アッそうだ! まだやることがいっぱいあるンや、じゃあ行くからナ』と、立ち上がり、
『お茶! 美味しかったデ! ありがとう!』と、力のこもた言葉で言った後、あわただしくスタッフルームから出て行きました。
(・・・やっぱり、すごく落ち着いたお兄さんだったかナ?)
 それから間もなくして 、監督に会うためスタジオに入ると、視線の先に、背を向けた人々が忙しそうに働いていました。そこは、はりつめた空気と、緊張感に溢れて・・・。
(やっぱり! 恐い監督さんだから皆こんなに緊張してるんだ!)その人々の中心に、一段と大きな声で、ディレクターズチェアーに座って指示を出している、か、か、か・・・(妄想は膨れ上がり、心臓はドキドキ)・・・かんとく・・・が! 私の気配に気がついて・・・!
『来たか! お茶! ごちそうさん!』と、右手を大きく上げ振り向いた顔は!
「お、お、おに、おに・・・」いさん?…と、今度会ったら言うつもりだった・・・、エッ!
『オニ監督か? ホンマに面白い子やな!・・・ハハハ』
 その後、私が、ほんとにのびのびとした気持ちで楽しく撮影に臨めたのは、もちろんのことです。太秦撮影所ではほかにも沢山の仕事に恵まれました。そのほとんどの監督さんとの挨拶は・・・、
「君か! 居川監督に聞いてるょ、ハハハハ・・・」から始まった、私にとって、忘れられない「輝かしい女優業スタートの日」のエピソードです。