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督に云われた最初の言葉は…
『芝居できるだろうね』
その監督が云った最後の言葉は…、
『芝居、できなくていいんだよ。その何を言っているのか分らないような所が、魅力なんだよ!』
 シブーイ顔をした監督が
『芝居できるだろうね』撮影前に、改めてこんなことを聞かれると、今までも、どれほどできていたのか…。特に本格的には芝居の勉強をしていない私が返事に困っていると、
『頼むよ!』
 俳優業を始めてそろそろ二年がたとうとしていた頃の私は、学生中心のファンクラブもでき、帰ってきたお姫様”とキャッチフレーズを付けてもらい、その 役柄に満足していました。反面、恐いもの知らずで何でもやっていた自分に気がつき、仕事をすればするほど、俳優としてのきちんとしたトレーニングが必要だ と感じ始めていた頃でもありました。まさにそんな時、心の中を見透かされたような監督の言葉だったのです。
 そして、打ち上げの時、
『もっと、勉強せなあかんな』
 その言葉どおり、私はそれまでとは違うありとあらゆる役を、その監督に与えてもらいました。ある時は、尼姿の冷酷な殺し屋、薬物中毒の大奥の女、芸者の時には日舞の場面をわざわざ作って、お稽古付きだったり。
それは、撮影所で、通称牧口学校;と呼ばれ、刑事ドラマで活躍した二枚目俳優のI.G.さん、アクションもできるIさん、個性派女優Sさんなど、私を含め5・6人の俳優が、牧口監督のもとでいろいろな役に挑戦していたのを、総称したものです。

 その中でも私が一番思い出深いのは、剣の達人クノイチ役。もちろん、役が決定し
て本番までの間、アクションと殺陣の特訓があり、万全を期して本番に臨み。
 キリッとした顔をして! アクション俳優の迫力ある大立ち回りの中で、私もバッサバッサと特訓の成果を! (どう〜! 私にもできるでしょ! テキパキとした凛々しい姿に惚れた?!)

 すると 苦虫をつぶしたような顔で、
『今の立ち回りの間は、計算ですか?』
「か、監督! もう一度やり直します! …か?」
 監督のジョークには、いつも本心が入っているので聞き逃すわけにはいきません。
 そうそう! 一度だけ誉められたことがありました…、
 盗賊に誘拐され、宝の在処を言わせようと、水桶に頭を沈められるシーンでした。リハーサルでは、やさし〜く(注 悪役の方々は普段とてもやさしい人が多いのです。)
「ここで、ほんの少しだけ水の中に押しますから、苦しい振りをしてくださいね」と、話していた盗賊役の人達数人。
 でも、
<本番!>の声を聞くと
「こりゃー!」「どうじゃー!」
「! ギャッブクブクブクブク(た、たすけて〜くるしい〜死ぬ〜<カット!>シヌ)ブクブクブクブクブハー!」
「ヒックも〜本に苦しかったんだからヒックヒック」
 思わず、半べそでヒック。
全員。
『良かったょ、迫真の演技だったよ!』ククク 
監督が吹き出したとたんに、<ハハハハハハチョット強かったのかナー、ハハハ>そこに居た全員が笑って、私も一緒に笑った時。
 演技を誉められたのは、この一度だけです。
 それからも、牧口学校の生徒は、たくさんの仕事に出会い、それぞれが活躍できる場を与えていただきました。
 そんなある日、普段は無口な監督が、やっぱりシブ〜イ顔をして
『芝居が上手い人はたくさん居るから…。貴方は、できなくてもいいんだよ。その現実感のない雰囲気と何を言っているのか分らないような所が、魅力なんだ よ!』いつもの、ジヨークを交えながら言った言葉が、その時はまだ、私と最後のお仕事になってしまうなんて知りませんでした。それから数ヶ月後、監督の引 退を知らせる封書が。
 監督は、私が舞台をやると、必ずそっと見に来てそして後に感想などを、手紙に書いて送って下さいました。その内容に一喜一憂していた私ですが、今日まで仕事を続けられた、大きな要素の一つでもあります。
 牧口雄二監督 お疲れさまでした。そしてありがとうございました。