日高久美子 Official Web Site  

                                  


朝、テレビをつけると・・・
《作家、KTさんの自宅が・・・》
「エ!今、何て言った! 亡くなったってどういうこと!?」
 その頃、ワイドショーのコメンテーターなど、いろいろな番組に出演されている、KTさんを拝見するたび、私が女優を続けていれば、何時の日かスタジオなどで、お目にかかれる日がくると、こころ密かに、楽しみにしていたのに・・・。
 それに・・・、どうしても! 聞きたいことがあったのに!!
 その約一年前の晩秋・・・。
 その日は、すべてが少しずつ特別な日でした。まず、太秦で撮影する時代劇の台本と一緒に渡された、新幹線のチケット。
「今回は、大変だからグリーンにしておいたよ」とマネージャー。
 いつもなら、京都のホテルで寝るだけでいいように、最終近くの新幹線に乗るのですが、その日の朝、撮影が一日遅れると連絡があり、空いた時間を利用して、関西に住んでいる親戚の家に行くことにしました。
 東京駅に着いて見ると、ラッシュの時間帯と、時期が重なって、どれも満席。久々に会う祖母達との夕食に間に合うように、出発間際の新幹線に飛び乗り、指 定された座席に案内されると、ドアから三列目の通路側に、姿勢をきちんと正した姿で文庫本を読んでいる男性(ヒト)が座っていました。「この方を、お隣に よろしいでしょうか?」と、乗務員さんの声に、『ぁはい、どうぞ』。

 その笑顔はとても印象的で親しみ深く、確かに見覚えのある顔なので、私は、(知り合いだ! 良かった)と思い、「こんにちは!」と、彼よりも一層親しみを込めて挨拶をしたのです。
(でも何処の知り合い? ・・・親戚? ・・・違う!)頭のコンピューターは、次々と親類の顔をピックアップしては、目の前にいる笑顔の男性の顔と、照らしあわせていました。
『荷物載せるのお手伝いしましよう』(身近な知り合いょ!)
「ぁ・あのー・・・」(思い出せないけど、絶対に! 親しい知り合いだから・・・)
「バッグ見ていただけますか?」
『ぁ・そうですね、電話ならそこにありますよ』と、ニッコリ。(ほらね! やっぱり知り合いだった、・・・電話をかけることを知っていたし、・・・ェ?)

 秋の行楽シーズンで、どの列車も、中高生の団体であふれていました。席から見える売店で公衆電話をかけていると、数人の学生がその窓の前でわいわいと、「KTがいる」・・・ !
・・・電話をかけることで急いでいた。とは言え・・・、
・・・身近な知り合いだと思った。とは言え・・・、
 車内に入る自動ドアが開いて、目に飛び込んで来たその男性(ヒト)は、 私に押し付けられた大きなバッグを膝に乗せたまま、さっきと同じ「親しみ深い笑顔」で迎えてくれました。
「あ、・・・あの、・・・その・・・」一刻も早くバッグを膝から下ろしてあげなければ! そして、その理由も、お礼も!
 すると、さらに満面の笑みで、まるで私の心の声に答えるかのように『うん』と、大きくうなずいたあと・・・、
『貴方は、女の子だから、窓際の方が好いでしょう』バッグを棚に載せながら、奥の席に誘導してくれました。列車は東京駅を出発し、窓際の席で流れる風景を見るとはなしに・・・。
 結局、私はお礼すら言えないままここに座っているけれど、あのときに『うん』と、うなずいた本当の理由は? ただあせっている姿が可笑しかったから・・・? それとも、本当に心の声が分るの? 電話の時だって、何も言ってなかったはず・・・。
 思いを巡らしている間にも、相変わらず、学生達が、その男性(ヒト)を見に、入れ替わり立ち代わり通路を行き交いしていました。
 窓際の席なら今より少しは、静かに居られたのに・・・。
 今は隣で静かに文庫本を読んでいる人にとって、きっといつもの何気ないこと、なのに私は初対面でろくに話しもしていないその人に、今までには出会ったこ との無いモ親しみモと包まれるような優しさを感じ、その時間がとても心地よく思えたのです。やがて車内販売のワゴンが美味しそうなコーヒーの香りを漂わせ て入ってきました。電話のときに両替をした小銭を手に隣を見ると、本を読んでいると思ったその男性(ヒト)は、眠っている様子。その頃には、学生達も来な くなりやっと静かになった所だったので・・・、
(コーヒーは飲みたいけど、今日は止めよ。それに新大阪についたら、すぐに食事だし)首を小さく横に振る私と隣を確認しながら、ワゴンは静かに通り過ぎていきました。
 すると・・・、
 寝ていたはずの男性(ヒト)が・・・!
 突然、立ち上がらんばかりに勢いよく手をあげて・・・
『あの、コーヒー下さい・・・!』その予想外の大きな声は、車内に広がり・・・。ビックリしたのは他の乗客と、女性の販売員「エッ…はい、しばらくお待ち下さ い」。ワゴンが引き返してくると、その男性(ヒト)は私を見て小さく咳払いをしたあと、はにかんだように固く結んだ唇の端だけで、ちょこっとニッコリ。 「コーヒーはお客様ですか?」と、少しけげんそうに言う販売員の人に、しまいかけていた小銭をあわててさし出し「・・・は、はいそうです」
 今、私がコーヒーを飲めている理由よりも、初めから感じていた、その男性(ヒト)の特別な「親しみ深い」雰囲気と「不思議」が気になり意識すると、今度 もまた、何も言えずに、視線は窓の方を見たまま・・・、心の中では百の質問を隣に向けていました。やがて時が過ぎ、新大阪 到着を知らせるアナウンスが流れ、まだ乗っていたい気持ちを振り切り、降りる準備にかかろうとした時も・・・。私が考えると同時に、まるでスイッチが入った ビックリ人形の様に、通路に立ち上がり棚の荷物をおろしてくれました。
『あの・・・』何か言葉を捜しているように・・・。
 私は次に出てくる言葉が何なのか、・・・;不思議”の答えが分るような気がして、息を呑んで待ったのです。
『・・・』その男性(ヒト)は、一度深く呼吸したあと、一言一言確認するような口調で
『お健やかに、お過ごし下さい・・・』私はそれまであまり云われた事の無い言葉に、もう一度、顔を見直すと、
『かならず・・・』と、念を押すように言った後、本当に丁寧に! まわりの人も驚くような、丁寧なおじぎをしたのです。それは私を見ているというより、その男性(ヒト)にしか分らない何かが見えて、何かを感じているように・・・。
 発車のベルと、プラットホームに迎えに来てくれていたイトコの私を呼ぶ声に我に返り、慌てて列車を降りたのです。
 そして振り返ると・・・ 。
 ゆっくり動き出した新幹線の窓の中にいる、少年のような真っ直ぐな目をした、その男性(ヒト)の顔は、最初に見た親しみ深い笑顔とともに、今も鮮明に心に焼き付いています。
 このサブタイトルは、「初めて一人で乗った、グリーン車・体験」ということで書いていましたが、筆をすすめているうちに、どうやら、私はこの男性(ヒ ト)恋しちゃったみたいです。・・・SAYAのゆきずりの恋・・・なんちゃって。・・・私が女優だということは、気がついていない。そういう感じでした。
・・・KT様 心からご冥福をお祈り申し上げます。